導入
「俺の敵はだいたい俺です」――南波六太のこの言葉は、宇宙兄弟という作品の本質を一文で表現しています。宇宙を目指す物語でありながら、最大の障害は宇宙ではなく自分自身。夢を諦めかけた大人が再び立ち上がる姿を描くこの作品は、少年漫画とは異なるアプローチで多くの読者の心を掴みました。
小山宙哉が「モーニング」で2007年から連載を開始した「宇宙兄弟」は、累計発行部数3400万部を突破。第56回小学館漫画賞一般向け部門、第35回講談社漫画賞一般部門を受賞し、アニメ化・実写映画化もされた大ヒット作品です。
JAXA選抜試験編は単行本1巻から11巻に収録。会社をクビになった兄・六太が、先に宇宙飛行士になった弟・日々人の背中を追いかけ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士選抜試験に挑む物語です。夢を追うことの素晴らしさと厳しさが、リアルな描写で綴られています。
この記事でわかること
- 南波六太と日々人の幼少期の約束
- 六太が会社をクビになった経緯と再起
- JAXA宇宙飛行士選抜試験の詳細な描写
- 日々人の月面ミッションと遭遇する事故
- せりか、ケンジら選抜試験の仲間たち
読了時間:約20分 | おすすめ度:★★★★★
基本情報
【JAXA選抜試験編 基本情報】
- 収録:単行本1巻〜11巻
- 連載誌:モーニング(2007年〜連載中、既刊45巻)
- 作者:小山宙哉
- 主要キャラ:南波六太、南波日々人、伊東せりか、真壁ケンジ、シャロン
- 核となるテーマ:夢への再挑戦、兄弟の絆、自分自身との戦い
- 受賞歴:第56回小学館漫画賞一般向け部門、第35回講談社漫画賞一般部門
あらすじ
ここから先、JAXA選抜試験編のネタバレを含みます
2006年の約束
物語の原点は2006年7月9日に遡ります。少年時代の南波六太と弟の日々人は、夜空に謎の飛行物体を目撃します。その体験に心を震わせた兄弟は、「一緒に宇宙飛行士になろう」と約束を交わしました。
「2人で宇宙飛行士になろう。俺は月に行く。兄ちゃんはその先に行ってくれ」。日々人のこの言葉が、兄弟の人生を決定づけます。弟が月なら、兄はその先へ。兄が弟より先に行くのが当たり前だという、子供らしくも真っ直ぐな約束でした。
この約束の傍にいたのが、天文学者のシャロンおばちゃんです。近所に住むシャロンは兄弟の宇宙への夢を温かく見守り、星空の美しさを教えてくれた恩人でした。シャロンの存在は物語全体を通じて重要な意味を持ち続けます。
夢を叶えた弟、夢を失った兄
時は流れて2025年。約束から19年後の世界。弟の日々人は約束通り宇宙飛行士となり、NASAの第1次月面長期滞在クルーの一員として月へ向かう寸前まで来ていました。日本人初の月面歩行者になろうとしているのです。
一方、兄の六太は自動車メーカーの設計士として働いていました。宇宙飛行士の夢は、いつの間にか諦めていたのです。しかしある日、弟の悪口を言った上司に頭突きをしてしまい、会社をクビに。無職になった六太は実家に戻り、すっかり腐っていました。
この対比が物語の出発点です。夢を叶えた弟と、夢を諦めた兄。弟のニュースが流れるたびに、六太は自分の情けなさを痛感します。31歳、無職、独身。人生のどん底にいる六太の元に、一通の書類が届きます。
JAXAからの通知
実は六太の知らないうちに、日々人がJAXAの宇宙飛行士選抜試験に六太を推薦していたのです。書類審査は合格。次は一次選抜試験が待っています。
最初は乗り気ではなかった六太ですが、日々人との約束、シャロンおばちゃんの言葉、そして心の奥に残っていた宇宙への憧れが背中を押します。「やっぱり俺は宇宙に行きたい」。31歳の再挑戦が始まります。
ここからの六太の描写が秀逸です。彼は天才ではありません。むしろ自信がなく、すぐにネガティブになり、他人と自分を比較して落ち込む。しかしその「普通さ」が多くの読者の共感を呼びます。夢に向かって走り出すのは、いつだって怖い。それでも一歩を踏み出す勇気が、六太の最大の魅力です。
一次選抜試験
JAXA宇宙飛行士選抜試験の一次選抜は、筆記試験と面接で構成されています。応募者は数千人に上り、そこから数十人にまで絞り込まれます。
六太は自動車設計の経験を活かした回答で筆記試験をクリアし、面接でも宇宙への情熱を伝えます。この過程で描かれるJAXAの選抜試験のリアルさは、実際のJAXAの資料に基づいた綿密な取材の賜物です。
一次選抜を通過した六太は、ここで多くの仲間と出会います。全員が宇宙飛行士を目指す志の高い人々であり、六太は彼らの優秀さに圧倒されながらも、自分なりのやり方で食らいついていきます。
二次選抜試験――閉鎖環境試験
二次選抜の目玉は「閉鎖環境試験」です。候補者たちは数人ずつのグループに分けられ、密閉された施設の中で約2週間の共同生活を送ります。この試験は宇宙での長期滞在を想定したもので、閉鎖空間でのストレス耐性、チームワーク、問題解決能力が評価されます。
六太のグループには、伊東せりか、真壁ケンジらが含まれていました。せりかは医師であり、父をALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くした経験から、宇宙医学の研究を志して宇宙飛行士を目指しています。ケンジは妻子持ちの技術者で、堅実で誠実な人柄の持ち主です。
閉鎖環境での共同生活は予想以上に過酷です。些細なことでイライラが募り、互いの欠点が目につくようになる。しかし六太はその中でリーダーシップを発揮します。彼のリーダーシップは強引なものではなく、メンバー一人一人の気持ちに寄り添い、チーム全体の雰囲気を良くするというもの。六太の「ムードメーカー」としての資質が、ここで初めて明確に描かれます。
閉鎖環境試験には「グリーンカード」という課題も仕込まれています。試験中に不測の事態(例えば時計が全て止まる)が発生し、候補者たちの対応力が試されます。六太はこの課題でも冷静さと発想力を見せ、チームを導きます。
日々人の月面ミッション
六太がJAXAの選抜試験を受けている同時期、弟の日々人は月面ミッションに挑んでいます。日本人初の月面歩行者として月に降り立った日々人の第一声「イエ~!!」は、世界中で話題になりました。
日々人は六太とは対照的に、明るく楽天的で自信に満ちています。宇宙飛行士としての実力も折り紙つきで、NASAのクルーからの信頼も厚い。六太にとって日々人は誇りであると同時に、常に先を行く存在であり、コンプレックスの源でもあります。
しかし月面ミッション中に、日々人は重大な事故に遭遇します。月面での活動中にクレーターに転落し、生命の危機に瀕するのです。酸素の残量が限られる中、日々人は極限状態での判断を迫られます。
この事故は物語全体に大きな影響を与えます。日々人はかろうじて救出されますが、この経験がのちに彼の心に深い傷を残すことになります。
選抜試験の結果
二次選抜を経て、六太は最終面接に臨みます。ここまでの道のりで六太は自分自身と向き合い、なぜ宇宙に行きたいのか、何ができるのかを明確にしていきました。
最終的に六太はJAXAの宇宙飛行士候補者に選ばれます。31歳からの再挑戦は実を結んだのです。しかしこれはゴールではなくスタート。ここからNASAでの訓練、そして実際に宇宙に行くまでの長い道のりが待っています。
見どころ
リアルな宇宙飛行士選抜の描写
宇宙兄弟の最大の特徴は、宇宙飛行士の選抜試験や訓練をリアルに描いている点です。小山宙哉は実際のJAXAやNASAに取材を重ね、選抜試験のプロセス、訓練の内容、宇宙での生活を可能な限り正確に描写しています。
閉鎖環境試験の描写は特に圧巻です。密室で過ごすストレス、チーム内の人間関係の変化、予期せぬ課題への対応。宇宙飛行士に求められるのは身体能力だけではなく、精神的な強さとコミュニケーション能力であることが、物語を通じて実感できます。
「普通の人」が主人公であることの強さ
六太は天才ではありません。日々人のように最初から才能に恵まれたわけでもない。31歳で無職になり、自信を失い、夢を諦めかけた「普通の人」です。
しかしだからこそ、六太の再挑戦は多くの読者の心に響きます。年齢を言い訳にしない。過去の失敗を引きずらない。自分の弱さを認めた上で、それでも前に進む。六太の姿は「夢は若いうちに叶えなければならない」という思い込みを打ち破ります。
兄弟の絆の描き方
六太と日々人の関係は、単純な「仲良し兄弟」ではありません。六太は日々人に対して誇りとコンプレックスの両方を抱えています。日々人が先に夢を叶えたことへの嬉しさと悔しさ。追いかけたいけど追いつけないもどかしさ。
日々人もまた、六太に対して複雑な感情を持っています。兄を尊敬しつつも、自分が先に行ってしまったことへの罪悪感。六太に宇宙に来てほしいという純粋な願い。兄弟の感情の機微が丁寧に描かれているからこそ、この物語は深い感動を生みます。
名シーン
六太の頭突き
物語の冒頭、日々人の悪口を言った上司に六太が頭突きをするシーン。社会人としてはアウトな行動ですが、弟を侮辱されて黙っていられない六太の性格が凝縮されています。
この頭突きが六太の人生を変えます。クビになったからこそJAXAの選抜試験を受ける時間ができた。人生の転機は、しばしば最悪の出来事から始まる。宇宙兄弟が描く人生観の核心が、この冒頭のシーンに詰まっています。
閉鎖環境試験の時計停止
閉鎖環境試験中に全ての時計が止まるという事態が発生。時間感覚を失った候補者たちはパニックに陥りかけますが、六太はある方法で時間を割り出し、チームを落ち着かせます。
このシーンが示すのは、六太の発想力と冷静さです。特別な知識や能力ではなく、日常的な観察力と工夫で問題を解決する。六太の宇宙飛行士としての資質が初めて明確に示された名場面です。
日々人の月面着陸
「イエ~!!」。日々人が月面に第一歩を踏み出す瞬間は、作中で最も開放的なシーンの一つです。宇宙飛行士の公式コメントとしてはあまりにも砕けた一言ですが、だからこそ日々人らしい。
地球から月面着陸を見守る六太の複雑な表情も印象的です。弟が夢を叶えた喜び、自分はまだここにいるという現実。その両方を噛みしめながら、六太は自分も必ず宇宙に行くという決意を新たにします。
「俺の敵はだいたい俺です」
六太が選抜試験中に漏らすこの言葉は、宇宙兄弟の名台詞として広く知られています。宇宙飛行士になるための最大の障害は、試験の難しさでもライバルの優秀さでもなく、自分自身の弱さだという認識。
この言葉は六太だけでなく、読者一人一人に問いかけます。夢を諦める理由は外部にあるのか、それとも自分の中にあるのか。自己と向き合うことの難しさと大切さを、一言で表現した名フレーズです。
キャラクター解説
南波六太(ムッタ)
本作の主人公。1993年10月28日生まれ。元自動車メーカー設計士で、31歳にしてJAXAの宇宙飛行士選抜試験に挑みます。特徴的な天然パーマと、自信なさげな表情が印象的。
六太の最大の特徴は「普通さ」です。天才的な頭脳も超人的な体力もありませんが、観察力、発想力、そして人の気持ちに寄り添える優しさを持っています。ネガティブになりやすい反面、一度決意すると粘り強く行動する。その姿は「大人が夢を追い直す」ことの困難さと素晴らしさを体現しています。
南波日々人(ヒビト)
六太の弟。1996年9月17日生まれ。NASAの宇宙飛行士で、日本人初の月面歩行者となります。兄とは対照的に明るく楽天的で、圧倒的な自信を持っています。
日々人は「天才」として描かれていますが、それは努力を怠らないからこその天才です。月面事故以降、日々人にも大きな試練が訪れることになりますが、それは次章以降のエピソードで描かれます。
伊東せりか
JAXA宇宙飛行士選抜試験で六太と出会う女性。医師としてのキャリアを持ち、父をALSで亡くした経験から、宇宙での医学研究を志しています。知的で芯が強く、六太とは互いを高め合う関係を築いていきます。
せりかの存在は、六太にとって宇宙を目指す新たな動機にもなります。彼女が父の病と向き合いながら夢を追う姿は、六太に勇気を与え続けます。
真壁ケンジ
選抜試験で六太と同じグループになる技術者。妻子持ちの温厚な人物で、家族を養いながら宇宙飛行士を目指しています。堅実で誠実な性格は六太の良き理解者となり、閉鎖環境試験でも安定したパフォーマンスを見せます。
ケンジの存在は「夢と生活の両立」という現実的な問題を物語に持ち込む役割を果たしています。家族がいても夢を追っていいのか。その問いに対するケンジの答えは、多くの読者に響くものです。
シャロン
六太と日々人が幼少期から親しんできた天文学者。兄弟に宇宙の魅力を教え、宇宙飛行士になる夢を応援してくれた恩人です。物語が進むにつれて、シャロン自身にも大きな試練が訪れることが明かされます。
シャロンの存在は、兄弟の夢の原点であり、物語全体を貫く精神的な支柱です。
まとめ
宇宙兄弟のJAXA選抜試験編は、「夢を諦めた大人の再起」という普遍的なテーマを、宇宙飛行士選抜試験というリアルな舞台で描いた傑作です。31歳で無職になった六太が、もう一度宇宙を目指すまでの葛藤と成長。それを支える弟との絆、新たに出会う仲間たちの存在。11巻にわたって丁寧に描かれた物語は、読む者の心を確実に動かします。
この作品が多くの読者に愛される理由は、「宇宙」という壮大なテーマを扱いながらも、描いているのは極めて人間的な感情だからです。自信のなさ、他人への嫉妬、夢と現実の折り合い。六太が抱える悩みは、宇宙飛行士を目指していなくても誰もが共感できるものです。
次章「NASA訓練編」では、宇宙飛行士候補者となった六太がNASAでの本格的な訓練に挑みます。せりかやケンジとの絆がさらに深まり、シャロンの病気という新たな試練も待ち受けています。六太の宇宙への道のりは、ここからが本番です。
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