導入部分
「強欲で何が悪い! 俺は全部欲しい! 金も名声も、この世の全てが欲しい!」 ホムンクルスでありながら、誰よりも人間らしい欲望を叫ぶグリードの登場は、この物語に新たな次元をもたらしました。
第五研究所・ラッシュバレー篇(8〜15巻)は、『鋼の錬金術師』が「冒険の物語」から「陰謀と戦争の物語」へと変貌していく転換期です。賢者の石の恐ろしい真実、ホムンクルスの正体、イシュヴァール殲滅戦の全貌、そしてシンの国からの来訪者たち。物語の世界は一気に広がり、登場人物たちの過去と現在が複雑に絡み合っていきます。
この記事でわかること
- 強欲のホムンクルス・グリード初登場とダブリスでの激突
- 師匠イズミ・カーティスの過去と人体錬成の秘密
- シンの国から来たリン・ヤオとメイ・チャンの目的
- イシュヴァール殲滅戦の真相とマスタングの業
- ホムンクルスの組織構造と「お父様」の存在
- マスタング対ラストの激闘
- ラッシュバレーでのウィンリィとエドの関係
読了時間:約18分 | おすすめ度:★★★★★
基本情報
【第五研究所・ラッシュバレー篇 基本情報】
- 収録:単行本8巻〜15巻
- 連載誌:月刊少年ガンガン(2001年8月号〜2010年7月号、全27巻・全108話)
- 作者:荒川弘
- 主要キャラ:エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック、ロイ・マスタング、リザ・ホークアイ、イズミ・カーティス、リン・ヤオ、メイ・チャン
- 核となるテーマ:戦争の罪と向き合うこと、ホムンクルスと人間の境界、師弟の絆
- 初登場の重要キャラ:グリード、イズミ・カーティス、リン・ヤオ、メイ・チャン、フー、ランファン、キング・ブラッドレイ(ラース)
あらすじ
⚠️ ここから先、第五研究所・ラッシュバレー篇のネタバレを含みます
グリードとの邂逅――ダブリスの激闘
ヒューズの死後、エルリック兄弟は師匠イズミ・カーティスの住むダブリスを訪れます。そこで待っていたのは、七人のホムンクルスの一人「グリード」との遭遇でした。
グリードは「強欲」の名を持つホムンクルスで、他のホムンクルスとは異なり「お父様」の支配を拒み、独自に行動しています。キメラの仲間たちを従え、不老不死の秘密を手に入れようとするグリードは、アルフォンスの魂の定着技術に興味を持ちます。
グリードの最強の能力は「最強の盾」。体内の炭素配列を操作し、皮膚をダイヤモンド並みの硬度に変化させる防御能力です。エドワードはこの能力の原理を見抜き、炭素配列を逆に操作して弱体化させるという機転で勝利を収めます。
しかしグリードは、大総統キング・ブラッドレイ自らの急襲によって捕縛されます。ブラッドレイの驚異的な剣技にグリードの仲間たちは斬り伏せられ、グリード自身も「お父様」の元に連れ戻されます。そこでグリードは賢者の石を抜き取られ、一度は消滅。この展開は、大総統の正体がホムンクルス「ラース(憤怒)」であることを暗示する重要な場面です。
師匠イズミ・カーティス――もう一人の「通過者」
エルリック兄弟の錬金術の師匠、イズミ・カーティスは、ダブリスで肉屋を営む女性。豪快な性格で兄弟をスパルタ教育で鍛え上げた人物ですが、彼女もまた「真理の扉」を開いた者でした。
イズミは死産した自分の子供を人体錬成で蘇らせようとし、その代価として内臓の一部を持っていかれました。以来、定期的に血を吐く持病を抱えています。禁忌を犯した者同士として、イズミは兄弟の苦しみを誰よりも理解しています。
「あの子たちは、私の弟子よ!」
イズミがエルリック兄弟を守るために戦う姿は、師匠としての深い愛情を物語っています。同時に、自らも「通過者(真理の扉を見た者)」であることは、後に「人柱」として物語の核心に関わってくる重大な伏線です。
シンの国からの来訪者
アメストリスの東の大砂漠を超えた向こうにある大国・シン。その国から二人の重要人物がアメストリスを訪れます。
一人は第十二皇子のリン・ヤオ。護衛のランファンとフーを従え、皇帝の座を継ぐために不老不死の秘密を求めてアメストリスに渡来しました。飄々とした性格で無銭飲食を繰り返す気楽な男に見えますが、部下を守るためなら命を懸ける真の王者の器を持っています。
もう一人は第十七公主のメイ・チャン。小さな体でシンの錬丹術(アメストリスの錬金術とは異なる東方の術)を操り、小型パンダのシャオメイを連れた少女。メイもまた不老不死の秘密を求めてアメストリスに来ましたが、リンとは別の一族に属し、ライバル関係にあります。
シンの錬丹術とアメストリスの錬金術の違いは、後に物語の核心に関わる重要な要素です。錬丹術は地球の気脈(「龍脈」)を利用するもので、遠隔治癒なども可能。一方、アメストリスの錬金術は全く異なるエネルギー源に依存していました。
ラッシュバレーとウィンリィ
機械鎧(オートメイル)職人の聖地・ラッシュバレーをエルリック兄弟が訪れるエピソードでは、幼なじみのウィンリィ・ロックベルが合流します。ウィンリィは天才的な機械鎧技師であり、エドワードの右腕と左足を整備・改良する存在。
ラッシュバレーでは出産に立ち会うエピソードがあり、新たな命の誕生に涙するウィンリィの姿が描かれます。命を奪う錬金術の闇に触れ続ける兄弟にとって、命が生まれる瞬間の尊さは心の救いとなりました。
エドワードとウィンリィの関係は、この篇で少しずつ変化していきます。幼なじみから、互いを意識し始める微妙な距離感。ウィンリィがエドワードのために涙を流す場面は、後の展開を予感させる重要なシーンです。
イシュヴァール殲滅戦の真実
物語の中核を成す「イシュヴァール殲滅戦」の回想は、この作品で最も重い章の一つです。
きっかけは一人のアメストリス兵がイシュヴァールの子供を射殺した事件。これを端緒に暴動が拡大し、やがて軍による本格的な殲滅作戦が発動します。しかしこの「きっかけ」自体が、ホムンクルスのエンヴィーが兵士に変身して引き起こした謀略でした。
殲滅戦には若き日のマスタング、ホークアイ、ヒューズ、そしてアームストロング少佐らが投入されました。焔の錬金術、紅蓮の錬金術師キンブリーの爆破、国家錬金術師たちの力が無差別にイシュヴァール人に向けられます。
マスタングは焔の錬金術で何百人もの命を奪いました。ホークアイは狙撃手として戦場に立ちました。アームストロング少佐は民間人を殺すことに耐えられず戦線を離脱し、降格処分を受けます。
「僕は……何人殺したか覚えてない」
若きマスタングの独白は、戦争の罪と向き合う全ての登場人物の苦悩を象徴しています。マスタングが大総統を目指すのは、二度とこのような悲劇を繰り返させないため。ホークアイがマスタングに銃口を向ける覚悟で傍に立つのは、マスタングが道を踏み外したときに止めるため。
イシュヴァール殲滅戦はこの作品の良心そのものです。荒川弘は戦争を英雄譚として描くことを徹底的に拒否し、加害者としての苦悩と罪の意識を真正面から描きました。
マスタング対ラスト――焔で貫く決意
ホムンクルスの正体に迫るマスタングとホークアイは、地下で色欲のホムンクルス・ラストと対峙します。ラストの武器は「最強の矛」と呼ばれる指先から伸びる鋭利な爪。その切れ味は何でも貫き、マスタングとホークアイは窮地に追い込まれます。
ホークアイはラストに重傷を負わされ、マスタングの目の前で倒れます。絶望的な状況の中、マスタングは焼け残った発火布で自らの傷口を焼灼して止血し、立ち上がります。
「部下の前で情けない顔は見せられないからな」
マスタングはラストを何度も焼き尽くします。ホムンクルスは賢者の石を核に持つため、何度殺しても再生しますが、マスタングは賢者の石のエネルギーが尽きるまで焼き続けました。ラストの最期の言葉は「いい目だこと……」。
この戦闘は、マスタングの「決して折れない意志の強さ」を読者に刻み込む名場面です。
大総統の正体
物語のもう一つの衝撃は、アメストリス軍の最高権力者であるキング・ブラッドレイ大総統の正体が、ホムンクルス「ラース(憤怒)」であるという事実です。
ブラッドレイは他のホムンクルスとは異なり、人間をベースに賢者の石を注入して作られた唯一のホムンクルス。老いる身体を持ちながらも、「最強の眼」と呼ばれる超人的な動体視力で、あらゆる攻撃を見切る驚異的な剣士です。
大総統がホムンクルスであるということは、アメストリスという国家そのものがホムンクルスの支配下にあることを意味します。軍の上層部にホムンクルスが潜り込み、国の歴史さえも操っていた。この事実は、兄弟の旅を個人的な探索から国家規模の戦いへと引き上げます。
この編の見どころ
1. グリードという「異端のホムンクルス」
グリードは七つの大罪を名に持つホムンクルスの中で、最も人間に近い存在です。「全てが欲しい」という欲望は一見傲慢ですが、その本質は「仲間」「自由」「自分の意志で生きること」への渇望。お父様の支配を拒み、自分の道を選ぶグリードの姿は、ホムンクルスと人間の境界を問いかけます。
2. イシュヴァール殲滅戦の圧倒的な重厚さ
少年漫画で戦争の加害者側の罪をここまで正面から描いた作品は稀有です。マスタングもホークアイも、英雄ではなく加害者として描かれる。彼らの贖罪の物語が作品に深みを与えています。
3. ウィンリィの成長と「生」の対比
機械鎧技師として、ウィンリィは「壊れたものを直す」存在です。錬金術が時に命を奪うのに対し、ウィンリィの仕事は人の身体を支え、生活を取り戻すこと。ラッシュバレーでの出産シーンは、死と破壊が続く物語の中で、生命の力強さを読者に思い出させます。
4. マスタング対ラストの死闘
この戦いは本作のベストバウトの一つ。部下を傷つけられた怒り、自らの傷を焼灼する覚悟、そして何度でも立ち上がり焼き尽くす執念。マスタングの「焔」が単なる攻撃手段ではなく、彼の意志そのものであることが伝わる名勝負です。
5. リン・ヤオの登場がもたらす新風
シンの皇子リンの登場により、物語はアメストリス国内の問題から、より広い世界へと視野が広がります。リンの「部下を見捨てない」信条は、やがてグリードとの融合という予想外の展開へと繋がっていきます。
印象的な名シーン・名言
「強欲で何が悪い」(グリード)
グリードが自身の本質を堂々と宣言する言葉。ホムンクルスでありながら自由を求め、仲間を大切にするグリードの生き様は、「欲望」が必ずしも悪ではないことを示しています。この言葉は物語の最終盤で、さらに深い意味を帯びてきます。
「あの子たちは私の弟子よ!」(イズミ)
師匠としてエルリック兄弟を守る覚悟を示すイズミの言葉。禁忌を犯した者同士の絆、そして師弟を超えた家族のような愛情が凝縮された一言です。
「一は全、全は一」
イズミがエルリック兄弟に教えた錬金術の根本原理。無人島での修行で兄弟が自ら悟った、世界と個人の関係を表す哲学。これは等価交換と並ぶ本作のもう一つの哲学的支柱であり、最終話の伏線でもあります。
「部下の前で情けない顔は見せられないからな」(マスタング)
ラストとの戦いで、自らの傷を焼灼しながら立ち上がるマスタングの言葉。部下を守るために絶対に倒れない、指揮官としての覚悟がこの一言に表れています。
「もし大佐が道を誤ったら、この手で撃ちます」(ホークアイ)
マスタングの背中を守り続けるホークアイの覚悟。イシュヴァール殲滅戦で多くの命を奪った過去を背負いながら、大佐が正しい道を歩み続けるよう見届けるという、忠誠と責任を象徴する言葉です。
キャラクター解説
グリード
「強欲」の名を持つホムンクルス。お父様から三番目に作られたとされ、七体のホムンクルスの中で唯一、お父様の支配を拒んで独立行動をとっていました。体表を炭素結晶化させる「最強の盾」の能力を持ちます。キメラの仲間たちとの絆を持ち、自由を求めるその姿は、ホムンクルスと人間の境界を曖昧にしていきます。一度はお父様に賢者の石を抜かれ消滅しますが、後にリン・ヤオの体に新たな賢者の石として注入され、リンとグリードの意識が同居する「リン=グリード」として復活します。
イズミ・カーティス
エルリック兄弟の錬金術の師匠にしてダブリスの主婦。「通りすがりの主婦」を自称し、錬成陣なしで錬金術を使える「通過者」。死産した子供を蘇らせようと人体錬成を行い、代価として内臓の一部を失いました。スパルタ式の教育で兄弟を鍛え上げた厳しい師匠ですが、弟子を思う気持ちは深く、「人柱」の一人としても重要な存在です。
リン・ヤオ
シン国の第十二皇子。50人いる皇子の中で皇位を継ぐため、不老不死の秘密を求めてアメストリスに渡来。護衛のランファンとフーを家族のように大切にしています。飄々とした態度の裏に王者の覚悟を持ち、後にグリードの賢者の石を受け入れて「リン=グリード」となります。
メイ・チャン
シン国の第十七公主で、チャン家の皇女。小型パンダのシャオメイを連れた幼い少女ですが、錬丹術の使い手として高い実力を持ちます。錬丹術はアメストリスの錬金術とは異なる原理で動いており、遠隔治癒も可能。アルフォンスに恋心を抱き、後にスカーと行動を共にします。
キング・ブラッドレイ(ラース)
アメストリス軍の大総統にして、ホムンクルス「ラース(憤怒)」。人間をベースに作られた唯一のホムンクルスで、賢者の石の魂は一つのみ。そのため再生能力はほぼ持ちませんが、「最強の眼」による超人的な動体視力で全ての攻撃を見切ります。穏やかな表情の下に、人間の将軍たちすら震え上がる圧倒的な戦闘力を秘めた、本作最強クラスの敵です。
まとめ
第五研究所・ラッシュバレー篇は、『鋼の錬金術師』が真の傑作へと飛躍するための助走です。
賢者の石の真実、ホムンクルスの組織構造、イシュヴァール殲滅戦の闇、大総統の正体。巻を追うごとに明かされる衝撃の事実が、読者を物語の渦に引き込んでいきます。同時に、グリードやリン、イズミといった魅力的なキャラクターの登場が、物語に多彩な色を加えています。
特にイシュヴァール殲滅戦の回想は、少年漫画の域を超えた圧巻の戦争描写です。荒川弘は「かっこいい戦い」ではなく「戦争の罪」を描くことで、この作品に唯一無二の深みを与えました。
次の「北方篇」では、物語はいよいよクライマックスへの道を歩み始めます。ブリッグズ要塞を舞台に、ホムンクルスの陰謀の全貌が明らかになる展開にご期待ください。
この編を読むなら
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